2016年08月10日

沈躍躍摘発なら李源潮まで秒読み

 一部で中紀委が沈躍躍を取り調べとの報道がされています。中国共産党ユースたる中国共産主義青年団から政界に転出した1人で、閣僚級までの到達スピードは李克強より上です。

 沈躍躍は浙江生まれの59歳。1993年に36歳で共青団から杭州市委副書記となって政界入りすると、胡錦濤の総書記就任と同時に中央組織部副部長に、十七大では正部長の李源潮を支える常務副部長に昇格。

 ここまではなかなかのスピード出世だったのですが、習近平時代の到来となった十八大では、足踏みもしくは閑職送りされた他の共青団出身者と同じく、全国人大副委員長に就任。

 全国人大副委員長と全国政協副主席は、基本的に閣僚級に相当する正副部級を歴任した後の上がりポストで、中央委員や政治局委員から外れた老人の終のすみかとなっています。再起では周小川、少し前だと李鉄映といったあたりですね。

 沈が兼任している中華全国婦女連合会主席にしても、前任者は国務委員を退任した後の陳至立でしたし、沈躍躍は56歳にして中央委員四期当選の偉大な先輩・王兆国さん状態になってしまったわけです。

 組織部は共産党の人事情報を握り、若手幹部の育成を担う重要な部署であり、宣伝部とともに政治局委員がトップを務めます。そこの常務副部長から「党と国家の指導者」扱いとはいえ、上がりポストの全国人大副委員長というのは明らかに左遷です。

 くどくどと、沈躍躍の左遷について説明してしまいましたが、令計画の紀律違反や罪状には人事に関する記述はありませんでしたし、令に連座した中に山西省関係者や中央弁関係者はいたものの、共青団関係者はいませんでした。

 仮に沈が本当に失脚しているのなら、共青団つながりではなく、副部長として支えた李源潮摘発に対する最後の内堀と見る方がいいのかもしれません。

 「見る方がいい」と書いておきながら、共青団への締め付けについても少し。

 共青団の改革案が発表されています。中央指導機構における人員構成の改善」「幹部選抜の改革」「団工作の改革、刷新」「共青団に対する党と政府の支持、保障の強化」が挙げられています。

 共青団は昨年末に中紀委の巡視を受けているのですが、幹部選抜が偏っているので是正するように、などほぼ同内容の指摘がなされています。ユース組織としての本分に立ち戻れということでしょうか。

 そういえば、今年4月には共青団の予算が昨年の6億2000万元あまりから、3億1700万元あまりへと半減したことが公表されていました。どこにしわ寄せが来るのでしょうか。
 
==参考消息==
http://news.xinhuanet.com/politics/2016-08/02/c_1119325051.htm
http://cpc.people.com.cn/gqt/n1/2016/0803/c363174-28605839.html
http://www.ccdi.gov.cn/special/zyxszt/2015dsl_zyxs/agls_2015dsl_zyxs/201605/t20160501_78355.html
http://www.ccyl.org.cn/notice/201604/t20160415_757233.htm
タグ:李源潮
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2016年08月03日

長征で何キロ歩いたのか

 中国解放軍の設立記念日である8月1日を前に恒例の上将昇進式が行われると、それまで毎日のように公表されていた常務委員たちの動向がプッツリと途絶えました。

 習近平はこの昇進式典、リカちゃんは30日の「国家防汛抗旱總指揮部」への視察が最後となっています。今後しばらくは、過去の会議における発言の回顧や、ビデオレターによる会議への登場といった記事で穴埋めされます。

 毎年のことです。昨年も「今年からは開催されない」と指摘を受けていた北戴河会議が始まったサインです。あと数日もすれば、ご褒美として慰安旅行に来ている労働模範たちを、李建国、あるいは劉雲山あたりが出迎えた、という記事が出ると思います。

 この時期は政治的に大きな動きは出来ず、ネタが若干枯渇気味になるのですが、そういう時期はそれらしく遊びたいと思います。

「二万五千里」はどうやって算出された数字なのか(新華社 2016/8/2)

 「二万五千里」(約1万2500km)というフレーズは、長征で紅軍が歩んだ距離というのは教育で刷り込まれているので、大抵の中国人は知っていると思います。なぜ長征していたのかという疑問は、ここでは重要ではありません。

 では、二万五千里はどこから出てきた数字なのか。新華社は「地図上で測ったわけでも、根拠も無く捏造した数字でも無く、事実に基づいた十分な根拠がある」と胸を張ります。これは期待しないほうがよさそうです。

 二万五千里の記述は、毛沢東の「紅一軍団の報告では、最も多く歩いた部隊は二万五千里だ」発言を記した、長征に従軍していた軍人の日記と、党中央が出した「日本帝国主義が華北を併呑し、蒋介石が華北、中国を売り渡したことに対する中国共産党中央委員会の宣言」(中國共產黨中央委員會為日本帝國主義併吞華北及蔣介石出賣華北出賣中國宣言)が出された1935年末から見られるようになります。

 戦争中で完全な資料はないが、従軍した彼らの日記や行程表などから、紅一軍団の行軍距離は一万八千里は硬いとのこと。

 ここにどうやってどれだけ上乗せするかですが、行軍中(という体裁の逃亡中)なので、迂回や(逃亡初期は地図がなかったので)同じルートを通ったり、道を間違えたといった理由が提示されています。え、そういうのを足していいの?

 毛沢東のいう「最も歩いた部隊」とは、紅一軍団のような本隊ではなく、その露払いをする偵察部隊のことだろうと推測されます。しかし「事実に基づいた十分な根拠」は一向に出てきませんでした。

 以前、紅軍の行軍ルートを辿ったもの好きによれば、だいたい二万五千里らしいとのことで科学的でしょうと結論づけているのですが、この記事を書いた人は過去の調査結果には当たらなかったようです。

 当時延安に入っていたエドガー・スノーの著書『中国の赤い星』では、「詳細な路線図」を元に1万8000里あまりと算出。2003年には英国人研究者が1年以上歩き、6000キロ(約1万2000里)くらいだろうと計算しています。

 ようするに、結局毛沢東のホラしか根拠がないんです。神話は変に整合性を求めたり、こじつけたりすると夢もへったくれもなくなってしまうよといういい教材ですね。

==参考消息==
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64186/66640/4489894.html
http://doc.qkzz.net/article/3c0b1823-0c63-453f-8da1-87b69fab74d6.htm
posted by aquarelliste at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | 更新情報をチェックする