2017年06月18日

死去12年後に解凍、葬儀の理由

 中国が解放軍に階級を導入した1955年に中将となった王秉璋さんの葬儀が5月31日に執り行われました。

 葬儀には毛遠新(毛沢東の甥)、林豆豆(林彪の娘)、羅栄桓、劉伯承、趙紫陽らの子孫たちが参列したとのこと。珍しいところでは劉志丹の子孫の名前も上がっています。

 王は2005年9月に亡くなり、葬儀までの12年間ずっと入院していた三〇一医院にずっと冷凍保存されていたと、王の娘が証言しています。異常な事態であることは明らかでしたが、葬儀の報道を目にした時はあまり深くは考えていませんでした。

 よくよく調べてみると、王は建国後最大の反逆者であろう林彪おじさんの直系の部下。おじさんがソ連へ亡命中に墜落死してしまったため反革命集団とみなされ、以来10年間拘禁されていました。釈放された1981年の時点で、反革命集団の一味ではないと結論づけられています。

 共産党の王に対する評価は、2000年に出版された『中央党史人物傳』でなされており、抗日戦争時と空軍建設、特にミサイル事業と宇宙開発に功績があったと称えています。また、林彪事件に関する記述は一文字もなかったようです。

 ただし、完全に名誉回復されているかといえばそうではなく、葬儀挙行を知らせる訃告の書き方を見れば一目瞭然です。

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※500部用意した冊子が足りない盛況だったようで

 訃告には過去に担当したポストが書かれるのが普通で、王なら宇宙開発を担当していた第七機械工業部長という肩書きや、中将という階級が記載されてしかるべきところです。

 ところが訃告には「原總裝北京第二幹休所老紅軍,第三黨支部黨員幹部」とあるのみ。関係者によると、王は党籍と階級を剥奪されており、釈放後に部屋と年金を与えられて余生を過ごしていたとのこと。

 死亡して12年後の葬儀挙行は、王の子供の1人が危篤状態となったことと、冷凍保存の費用を今後は国が払わないと宣言したことが要因で、名誉回復がなったからではありません。いや、本音を言えば王が名誉回復したかなど、私にとってはどうでもいいことです。

 冷凍保存されていた王の遺体は水分がすっかりと抜け、一部は酸化していたそうですし、両足が割れたためにビニール紐で両足を固定するほかなかったなどと遺体の悲惨な状況を聞くにつれ、遺族はこんな惨めな最期を迎えさせたくはなかっただろうと思うのです。

==参考消息==
https://mp.weixin.qq.com/s/Q5zbhz5IaCMJ83fGBuqVaw
http://www.xiexingcun.com/dangshibolan/dsbl2003/dsbl20031006-1.html
http://blog.sina.com.cn/s/blog_4ab761450102wvx7.html
http://history.dwnews.com/news/2017-06-18/59820636.html
タグ:葬式
posted by aquarelliste at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | 更新情報をチェックする