2017年01月05日

張鉄生が富豪になっていた

 張鉄生と言われてもピンとこない方もいらっしゃるでしょうから、サクッと紹介しておきます。

 1968年に白塔人民公社棗山大隊に下放された張は、1973年3月に労農兵学生として再開された全国普通高等学校招生入学考試(高考)を受験したものの、物理・化学が全く解けなかった(6点)。張は「公社での本業である農業生産に力を注ぐ余り、学業が疎かになった、試験内容が知識に偏重し、試験そのものが労働者大衆に門戸を閉ざしている」と答案用紙の裏に書きしたためた。

 四人組に近い立場で当時遼寧省党委員会書記だった毛沢東の甥・毛遠新は、この文章を周恩来と彼の教育思想を攻撃する砲弾として利用するべく、「深く考えさせられる答案」として遼寧日報、続いて人民日報に掲載させ、張は一躍反潮流の英雄となった。彼は大学に入学できただけでなく、1974年には全国人民代表大会常務委員となった。この後、テストの不出来を彼に倣って開き直る事件が多発した。また、高考は再び中止となり、1977年にようやく鄧小平の後押しで再び始まった。

 1976年、後ろ盾であった四人組が逮捕されると、シンパとみなされ政治権利剥奪3年、禁固15年の刑に処せられた。
 Wikipedia丸写しですが、最後の一行以外、書いたのはほとんど私だからいいでしょう。個人的には「物理・化学が全く解けなかった(6点)」の件がそのまま残っていて感慨深いものがあります。

 張鉄生は刑期満了後の1991年に、瀋陽農業大学の講師だった女性と結婚。その後、仕事が見つからず女性の教え子だった金衛東(現・禾豊牧業董事長)が深センで経営していた牧畜用飼料販売の東北地区の経理にしてもらいます。

 1993年には、金ら4人で瀋陽天地飼料廠を立ち上げ。1998年に同じく金衛東傘下の禾豊牧業と合併。この時点で張は同社の株式約10%を手にしました。

 2014年8月に同社が上海証券場上場。現在5.82%、4836万株を所有する張さんの資産は

4836万X13.2人民元/株=約6.38億人民元(約107億円)
 という富農野郎へと、華麗に変身しておりました。

 2008年以降は名誉職に退き、今では「1年に1度見かけるか」(禾豊牧業職員)の身分となった張さん。わざわざ嫁いできた嫁は、張さんの出所後に突然現れたわけではなく張の同級生でしたが、教え子に手を回して仕事をあっせんさせるなど只者ではないような気がします。

==参考消息==
http://mp.weixin.qq.com/s/WNw8gNu0JcKW0OE2fPSSIA
http://www.csrc.gov.cn/pub/zjhpublic/G00306202/201205/t20120517_210254.htm
http://www.csrc.gov.cn/pub/zjhpublic/G00306202/201205/P020120517639812658996.pdf
http://epaper.xkb.com.cn/view/785184
http://finance.sina.com.cn/stock/newstock/zxdt/20120522/090512117234.shtml
ラベル:文化大革命
posted by aquarelliste at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | 更新情報をチェックする
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