2017年05月29日

愛国者よりひどい党のメディア

 メリーランド大学に留学していた中国人学生のスピーチが中国で批判を受け、謝罪に追い込まれました。

 まずはスピーチの内容です。Shuting Yang(楊舒平)のスピーチ全体を訳してみます。

 同級生、父兄、並びに友人の皆さん、こんにちは。

 ここに立ち、メリーランド大学2017年度の卒業式でスピーチできることは、非常に光栄でありまた感激しております。

メリーランド大学に来た理由をこれまでずっと尋ねられて来ました。私の答えはいつもこうでした。「新鮮な空気」。

 5年前、私は中国からの飛行機から降り立ち、ダラス空港を後にしました。5枚のマスクから1枚を選び付けようとしていました。しかし、初めてアメリカの空気を吸った時、私はマスクを外しました。

 空気は本当に新鮮で、甘く、贅沢にも似たものでした。これには驚かされました。

 中国の都市で育った私は、外出時必ずマスクをかけていました。でなければ病気になっていたでしょう。

 でも、空港を出て呼吸をした時、私は自由を感じました。もう、メガネにモヤが張り付くこともありません。呼吸が苦しくなることもありません。圧迫感を感じることも。呼吸が愉快で幸せなことになりました。

 今日ここに立ち、私は自由の感情を思い出さずにはいられません。

 メリーランド大学では、また別種の新鮮な空気を味わえました。この体験は永遠に愉快なものにさせてくれるでしょう。それは言論の自由という新鮮な空気です。

 アメリカに来る前、私は歴史の授業で独立宣言を学びました。しかし独立宣言という単語には、何の意味も持ちませんでした。人生、自由、幸福への追求です。私はいい点数を取るため、単にこの単語を覚えたに過ぎなかったのです。

 この単語を聞いた時、奇妙な感覚を覚えました。とても抽象的で、なじみのないものだったからです。メリーランド大学在学中、自由に自分の権利を表現することを学びました。この権力こそが、アメリカでは神聖なものでした。

 メリーランドでは毎日、異議のある問題に対して自分の意見を表明してきました。自分の指導員に挑んだこともあります。教授への評価をネットに書き込んだこともあります。

 しかし、私が経験してきたカルチャーショックについては、心の準備はできていませんでした。大学が主催した劇を鑑賞した時のこと。アンナ・ディーバー・スミスが1992年のロス暴動を題材に書かれた「トワイライト・ロサンゼルス」です。

 この暴動はロドニー・キングを暴行した4人の警官が無罪で釈放されたことによるものです。6日間、ロス市民が通りに押し寄せ、都市全体が大混乱に陥りました。

 明け方、演者の学生たちは民族差別、性差別、政治問題について公開討論を行ったのです。ショックを受けました。

 そんなことは目にしたこともなければ、公の場でこうした話題が討論ができるとも知りませんでした。政治的なテーマを扱った劇を初めて鑑賞した感想です。観衆に批判的な思考をもたらしました。

 こうしたテーマを話したいと熱望していました。一方で、それは権威にのみ許される資格であり、真相を定義するのは政府であるとも固く信じていました。

 しかし、メリーランド大学の多様性によって、私は様々な事象に触れることができました。ここには言いたいことを言う機会があることに気がつきました。

 私の声はとても重要です。あなたの声もとても重要です。私たちの声はとても重要です。

 市民活動は政治家だけの仕事ではありません。ワシントンのデモに同級生が参加しているのを目の当たりにした私は、デモの真の意義に気づきました。

 大統領選挙のため、多用な事柄を支持するため資金調達をおこなう。みんなが変化に参加し、支持する権利を持っていることがわかりました。

 以前の私は、1人の参加や努力では成果を上げることはできないと考えていました。

 しかし、今の私は、メリーランド大学の人たちと共にあります。手を携え、社会をさらにオープンに、平和的に変えられるはずです。

 2017年度の同級生の皆さん。私たちは批判的な考え方を育て与えてくれた大学を卒業します。我々の大学は、人文科学に特に力を入れています。我々は多様な学科の知識を備えており、来たる社会の挑戦に準備は出てきています。

 大学院に戻る人も、会社勤めをする人も、さらに探索の旅をする人もいることでしょう。しかし何をするにしても、しっかりと覚えておきたいのは、民主と言論の自由はあって当然と考えてはなりません。民主と自由は新鮮な空気。勝ち取るに値するものなのです。

 自由は酸素。自由は情熱。自由は愛です。

 フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトルがまさに述べたように、自由は一種の選択であり、私たちの未来は今日、明日の選択によって決定づけられると。私たちは皆、人生に次の一章を書き記す劇作家です。私たちは共に人類の歴史を書き記しましょう。友人の皆さん、新鮮な空気を楽しみ、決して手離さないでください。ありがとう。
 このスピーチを受けて、発狂した中国人学生の様子が環球時報によって紹介されています。

 
「祖国を中傷する形で注意をひくやり方は断固容認できない。この手の全く根拠のない攻撃的な発言を、卒業式でさせたことには思慮が足りておらず、別の意図があるのではとの疑いも持ってしまう」(同大前中国人学生会会長)
 
「現場にいた中国人学生は首を傾げていた。現在の中国の状況はそこまでひどくないからだ。卒業式で学生代表として個人的な考えを述べるのは最も無責任な方法だろう」(卒業式に出席した学生)
 名指しされた昆明市も「我が市は全日が大気優良日です」と呑気な内容を微博で発表。また、新華社英語版も4年間昆明に住んでいたという微博ユーザーの「空気も綺麗で暖かかった」とのコメントを紹介。新鮮な空気の含意するところを思い切り避けています。楊舒平はそういう話はしてないと思うんですが。

 それより、党に近いメディアが、愛国者さまをはるかに上回る勢いで、彼女を責めるのに参加しているのはどういうことなのか。

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※コメントは書き込めないようになっています

 楊舒平は謝罪しました。謝罪の内容はいつも通り、「私は愛国者」です。事細かに訳出する必要もないでしょう。彼女は人身攻撃を受けていると明らかにしています。

 削除されてしまっていますが、これは人民日報海外版が率先してやっていたようです。「他国の空気は甘いなどという人は、スパイになるかもしれない」などと批判をしていたようです。名指しこそしていませんが、楊舒平を名指ししているも同然ですね。

 楊舒平は「イデオロギーの異なる者」として紹介されており、彼らは「他国の情報部門に利用される」と酷い扱いをされています。統一戦線部が昨年立ち上げた新部局のオルグ対象でもある留学生ですが、警戒するのもわからんでもありません。

 これだけ叩かれた後に「祖国を心の底から熱愛し、祖国のために貢献するならば中国政府は奨励し、歓迎する」(外交部報道官)と言われてもねえ。

 救いかなと思うのは、「楊舒平を集団で暴行する輩が『汚れた空気』を作り出しているのだ」と、「キーボード愛国者」を揶揄する文章が捜狐で見られたことでしょうか。


==参考消息==
https://www.youtube.com/watch?v=A3t4eXq2aT4
http://news.sina.com.cn/c/nd/2017-05-22/doc-ifyfkqks4445448.shtml
http://news.sina.com.cn/c/nd/2017-05-22/doc-ifyfkqiv6655397.shtml
http://www.bbc.com/zhongwen/simp/press-review-40036283
http://news.xinhuanet.com/english/2017-05/25/c_136315246.htm
https://www.voachinese.com/a/china-us-20170523/3867532.html
http://cn.rfi.fr/中国/20170523-杨舒平“辱华”风波-墙内墙外看法不同
http://www.weibo.com/2058648634/F4jcC6rtC?from=page_1005052058648634_profile&wvr=6&mod=weibotime&type=comment
http://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1464839.shtml
http://www.sohu.com/a/142796256_665455?_f=index,societynews_2
posted by aquarelliste at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | 更新情報をチェックする
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