2016年05月01日

『五色の虹〜満州建国大学卒業生たちの戦後』



 朝日新聞の三浦英之さんが書かれた『五色の虹〜満州建国大学卒業生たちの戦後』が最高によかった。

 満州に8年間だけ存在した建国大学に集まった、日本人、中国人、朝鮮人、モンゴル人、ロシア人たち。日本の敗戦とともに、抱いていた希望も破れ、建国大学の関係者として冷遇され続けた彼らの戦後を取材した貴重な記録だ。

 残念なのは1人目の中国人卒業生に対する取材がまずく途中で打ち切られてしまい、その影響で2人目には全く話が聞けてない点だ。これはこれで2人目の置かれた現状を察することが出来て意味はあるのだが。

 中国での取材経験に豊富な記者の助力があれば、あるいはもう少し聞けていたのではないかと思うと心残りだ。そう上手くはいかないだろうが、単行本化した際に加筆されればうれしい。

 ググってたら高狄が卒業生だと書いてあった。人民日報社長在任中、ケ小平の意向を汲んだ改革開放を訴える記事に紙面で反対意見を掲載した、保守派の高狄だ。

 のちには宣伝部門のトップとなった、李瑞環の発言を正反対に報じたのもこの人の在任中の出来事だった。

 高狄の経歴を見ると、満州国崩壊の約半年後に中国共産党員となっている。本書で出てきた2人への取材があれだけ妨害されたことを考えるといくらなんでも早すぎる。文革以降の順調なステップアップも、満州国の関係者である過去を考えると奇妙だ。

 高狄は中国共産党が建国大学に送り込んだスパイだったのではないか。建国大学は大々的に募集をかけていたわけだし、中共もそれくらいやってて当たり前という気がする。

 文革では党のためにやったことが、今度は反党行為と取られ批判の材料となり・・・というのは全く裏付けのない妄想でしかないのだが、でなければ陳雲たちが手駒として使うだろうか。

 などと本書とは関係のない話に流れてしまったが、この辺りは触らないほうがいいのかもしれない。

 『戦時下のピジン中国語』や『天津の日本少年』で中国に住んでいた一般庶民が、敗戦まで適当な言語しか身につけなかったとは対照的に、本書に出てくる卒業生は80歳を超えても言語の鍛錬を怠ってはいなかった。

 そのうちの1人は、理由を「ケンダイセイの端くれですから」と照れながら語る。スーパーグローバル大学は70年前に存在していたのだと大阪大学に教えてあげたくなるのだった。
posted by aquarelliste at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする